女の子と待ち合わせをしてラブホテルへチェックイン


女の子と待ち合わせをしてラブホテルへチェックインブログ:2014年05月29日


結婚して数年経って、
平穏な連日を送っている今も、
あたしにはしばしば眺めている数枚の写真があります。

それは
母と幼いあたしが写った数枚の記念写真。

大阪駅の街角で、青い染め抜きの花模様の着物を着て、
微笑む母のそばでにっこりしているおかっぱ頭のあたし。

どこまでも広がる黄色い菜の花畑で、
花に顔をうずめている小さなあたしと、
それを見守る母の優しい笑顔。

長い一本の道を、
手をつないで歩いていく母とあたしの後姿…

子供の頃の思い出の横にはいつも母がいて、
あたしはこんなにも母に見守られて、
育まれてきたのだという実感が、いつも心を暖かくしてくれます。

でも子育てをしてみて
あたしは初めて気がついたことがあります。

それは、
母との思い出の数々を今日の日まで残してくれたのは、
そのフレームの中にはいない親父だったということ。

不思議なくらい、今の今まで気がつかなかった…

子どもが生まれて、
あたしがカメラを持つようになり、
アルバムを作ってみれば…

そこには、
子どもを抱く主人、
子どもをお風呂に入れる主人、
子どもを子ども寝かしつける主人…

あたしとの写真なんてまるでなくて、
これじゃ将来うちのむすめはあたしが育児放棄をしたと思うかなぁ…なんて
苦笑いしています。

写真という記憶の不思議。
フレームに存在しないという、存在感。

「気づくのが遅くなっちゃいましたね。お父さん」

でも間に合って、よかった。
今までずっと、ありがとう…

控えめな親父の深い真心に、
あたしは心から感謝しています。

親父のおかげで、
あたしも母も幸せな思い出をいつまでも
抱き続けることができるんですね。